僕の人生を変えた2つの学問ー大学が教えてくれたこと

理系の独り言
理系の独り言

大学の中で出会ったある2つの学問は、それまでの僕の考え方をひっくり返してしまいました。

今回はその学問に出会ってから僕の考え方をどのように変えたのかを中心にお伝えします。

この記事を通して、少し大げさかもしれませんが、学問の面白さや学ぶことの意味を伝えられたらと思います。

僕の人生を変えた2つの学問

僕の人生を変えた2つの学問、それは遺伝学脳科学です。

できる限り難しい話は避けますので、ぜひお付き合いください。

遺伝学とは

遺伝学とは遺伝子の学問です。

遺伝子とは、皆さんの体を形作る細胞たちの設計図です。

この設計図が親から子へと受け継がれることを遺伝と言います。

遺伝学とは、この遺伝子に関する研究を行う学問のことです。

ここのところ遺伝子組換え食品やゲノム編集で盛り上がっていますよね!

脳科学とは

脳科学とは、脳の学問です。

ニューロンという言葉を聞いたことはないでしょうか。これは脳の中に存在する細胞で、その数は1000億とも言われています。

簡単に言うと、このニューロンが複雑につながりあって、我々が考え、行動することを可能にしています。

脳はとても複雑で現在でもわかっていないことがたくさんあります。それがある意味神秘でもあるのです。

2つの学問との出会い

ここからは、僕がこれらの学問とどのように出会い、どのような影響を受けたのかお話しします。

遺伝学

出会い

僕は大学受験の理科を、物理と化学で受けました。生物は生物基礎をやっただけで、専門的な内容はほとんど知りませんでした。

しかし大学では必修科目となっていたことから、大学1年生のときに遺伝学の講義をとることになりました。

そこで出会ったのが「進化論」です。

内容

そこで学んだことをめちゃくちゃ圧縮すると「環境に適応した個体が生き残る」ということです。

これをネズミに例えてみましょう。

環境とは、ネズミが生活する周囲の状況のことです。そこにはエサもあれば天敵もいますし、生殖相手もいます。

適応するとは、その環境に変化に追いつくということです。自然界は絶えず変化しているため、それに適した形に進化していきます。

個体というのは、ネズミ一匹一匹のことを指します。

環境に適応した個体が生き残るというのは、エサが少なくなったらエサを上手に捕る個体Aが生き残り、天敵の足が速くなったらそれから逃げられる個体Bが生き残るということです。

これが進化です。

もう少し続きがあります。それは、進化は遺伝子の変異によっておこるということです。

遺伝子の変異というのは、我々を形作る設計図のランダムな書き換えのことです。どの生物でも絶えず体の中で起こっています。

設計図の書き換えが起こると、病気になることが多いです。皆さんよくご存じのガンは遺伝子の変異が原因です。変異がたくさん起こるとガンになります。

しかし、遺伝子の変異が起こっても生物学的機能は変わらないこともあります。そしてごくたまに、特殊な機能を獲得することがあります。

重要なのは、遺伝子の変異は個体の意識しないところで起こるということ。そしてそれが次世代に受け継がれるということです。

つまり、あるネズミが一生のうちでエサを捕るのがうまくなるのではなく、遺伝子が変異したおかげでたまたまちょっとだけエサを捕るのが上手なネズミがある時突然に出現し、生き残るのです。

この生き残ったネズミは当然、他のエサを捕るのがうまくないネズミよりも生殖して子孫を残す可能性は高くなります。

そうして次世代に、エサを捕るのがうまいネズミが増えていくのです。

エサを捕りにくい環境になれば、この仕組みはより顕著になります。

これが、環境に適応した個体が生き残るということです。

自然の神秘ですよね。

自分の考え方への影響

ざっくりとしか話せませんでしたが、これが進化論の概要でした。

これは何もネズミに限った話ではありません、ミジンコもイモリもゾウもヒトも例外ではありません。

とてつもなく長い時間をかけて環境に適応した個体が生き残った結果、今の生態系があるわけです。

普段は意識しませんが、進化という生物の歴史には、この単純なシステムが隠されているわけです。

そして自分もその連鎖の中にいるのです。

人間社会では、よく「我々は選ばれて生まれてきたのだ」とか、「あなたと同じ遺伝子を持った生命が生まれる確率はものすごく低い(間違いではない)」と言って、個人をかけがえのない存在だと思いたがる傾向にあります。

進化論を学ぶまでは、僕はこれを信じていました。しかし進化論に出会ってこの考え方は変わりました。

それはつまり、「自分も含めた地球上の生物は偶然の産物でしかなく、そこに特別な意味はない」ということです。

自然の環境の変化によって常に種が生まれ、滅び続けています。これは誰かがそうしたいと思っているわけではありません。それが進化です。

たまたま最初に地球上に生まれた生物が、遺伝子を複製して生き残り、ちょっとうまく環境に適応した生物が生き残るという、ただそれだけのシステムが何十億年と繰り返されてきたにすぎないのです。

ですから、自分の存在に特別な意味はありません。生物という長い歴史のただ一点に過ぎません。

究極的には、自分がどのように世界を感じるかやどのように物事を考えるかも、生物の進化の産物でしかありません。

甘いと感じるのは栄養があるから。痛いと感じるのは怪我を避けるため。人肌恋しいと思うのは誰かといることが安全だから。

僕が感じること、考えることはすべて、この生物学的システムによって作られたものだと知ったわけです。

これを学んでから、世の中を変わった目線で眺めることができました。

先ほども言いましたが、自分が感じたり考えたりすることは、何も特別なことではなく、生物が進化するうえで獲得していった能力の一つに過ぎないのです。

怒り、悲しみ、喜び、苦しみ、痛み、眠気、鼻づまり、そのすべては偶然の産物でしかない。

それを知った瞬間、背負っていたものが軽くなりました。

自分は選ばれた存在だから、社会に何か役に立つことをしなければいけないとか、人には親切にしなくてはならないとか、苦しみはいつか希望に変わるとか。

それは結局我々の頭の中に存在する美学であって、生物としてあるべき姿とはまた別の話なんだと思い知ったわけです。

この講義を受けてからというもの、僕は世の中を冷めた目で見るようになりました。それはきれいごとや建前のない世界です。

あの時の感動は今でも忘れられません

あれから3年経っても、進化論は色あせることなく自分の脳裏に焼き付いています。

脳科学

出会い

脳科学との出会いは進化論のとりこになって2年ほどたった時のこと。

自分はいろんなことを知ることが好きで、専門外のいろいろな書物をつまみ食いしていました。

そんなある日、時代の流れに乗り遅れまいと人工知能の本を手に取ったのがきっかけとなったわけです。

そこから脳科学へと導かれました。

内容

人工知能の本で学んだのは、人工知能のプログラムは、生物の脳を真似しているということです。

最先端の技術ですら生物から学ぶところがあるというのは、やはり自然のすごさを改めて感じますよね。

脳科学とは、神経の科学とも言えます。

ニューロンと呼ばれる神経細胞の一種が、協調して情報を伝達することで我々が考えてり感じたり行動したりできるのです。

このニューロンからなる脳のネットワークシステムをニューラルネットワークと言います。

何か新しいことを学んだり、習得したりするときにニューラルネットワークはものすごい威力を発揮します。

人工知能の仕組みも似ているのですが、初めて行うことは誰しもうまくいきません。それは、ニューロンの情報伝達がうまくいっていないからです。

ピアノを始めて一日目の人は、両手で一小節演奏するのにも苦労するでしょう。

しかし、何回も同じことを繰り返していくと、ニューロンの情報伝達がうまくいくようになります。

草の生い茂った野原を進んでいくとき、最初は道がありません。何十人も通ることによって、草がわかれ、道になります。しだいに道は大きく広くなり、一度にたくさんの人が行き交えるようになります。

ニューロンも同じで、何度も何度も考えたり練習したりすることで、ニューロンという道は、一度にたくさんの情報を扱い、たくさんの情報を処理できるようになります

一日目のピアニストと5年目のピアニストの技術の差は、脳の仕組みにあったのです。

最初はできなくて当たり前なのです。

そして、やり続ければいつかできるのです。

自分の考え方への影響

ここで学んだのは、勉強やスキル習得において、身に付くかどうかはその人の努力量にかかわる部分が大きということです。

才能がないとプロにはなれないかのように世間ではよく言われますが、そんなことはないでしょう。もちろん、ある業界でNo.1になるには、並々ならぬ努力が必要です。

しかし、英語が話せるようになりたいとか、プログラミングで食べていきたいなどの、多くの人が有しているスキルについては時間さえかければどうにでもなるということです。

それを知ってからは、毎日自分のスキルの向上のために何かを”頑張ってやる”と思う必要はなくなりました。なぜなら、やり続ければ「いつかは必ずできる」からです。

脳がそのようになっているのです。新しく学ぶことは誰もうまくできませんから、うまくできなくても落ち込む必要はありません。

いつか必ずうまくできるからそれまで続ければいいんだなと言い聞かせればいいのです。

そう考えるようになってから、新しいことへどんどん挑戦することができるようになりました

いろんな土地へ行ってみたり、知らない人にあってみたり、ブログを始めてみたりです。

この脳科学に出会って、人生をより充実したものへと変えることができたのです。

ありがとう、大学

上では説明できませんでしたが、この二つの学問のおかげで自分を客観的にみられるようにもなりました。

よく、人の性格や価値観、人格は遺伝と環境のどちらによって左右されるのかと議論されますよね。

現代科学ではその両方とされています。

僕は大学で、この遺伝的側面を遺伝学から、環境的側面を脳科学から学んだわけです。

それによって、人間というものをより客観的にとらえることができるようになりました。

自分という存在は特別な何かではないということは先に述べた通りです。しかし、設計図である遺伝子がある程度あなたの存在を規定してもいます。

また自分の考え方は、自分が出会った情報に依存しています。自分が経験したことによってニューロン同士の結びつきが強くなり、価値観というものを形成します。

遺伝子が異なれば、見た目は違います。声や身体能力も異なります。

生きてきた環境が異なれば、価値観が違います。同じ情報に対して感じること、行動の仕方は人それぞれです。

その二つを教えてくれたのが、遺伝学であり、脳科学であったのです。

正直に言って、僕は遺伝学が好きではありません(笑)。染色体がどうとかいう話はあまり理解できていませんが、その根幹にある考え方には魅了されたのです。

この二つの学問には、大学時代に出会えて本当に良かったと思います。

大学、ありがとう!

未知の森へでかけよう

大学にはたくさんの学ぶ場所があります。今回は講義と本という二つの例をお示ししましたが、それにとどまりません。

街を歩いていて気が付くこともありますし、人と話して気が付くこともあります。また、遊んでいて気が付くこともありますし、お金を稼ぐことでしか気づけないこともあります。

社会には様々なところで学ぶ場所があります。大学はそのための設備がものすごく充実しています。

知識が豊富な教授もいれば、使いやすい図書館もあります。様々な人が交わるサークルもあれば、一つのことに打ち込める時間もあります。

残念なことに、多くの学生がこのことに気が付かずに大学を出てしまいます

あるいは何となく毎日を過ごしています。

社会人になって、大学でいろんなことをやっておけばよかったと後悔します。その一つが勉強です。

勉強はつまらないものではありません。自分のためにやる勉強はとても楽しいものです。

誰も強制しませんし、課題も出しません。気の向くままにやればいいのです。それが本来の勉強ではないかと僕は思います。

さあ、未知の森へでかけよう。

まとめ

今回は、僕の人生を変えた学問と題して、勉強の奥深さをお伝えしたつもりです。

つたない文章で、何を言いたいのかわからないところもあったかもしれません。ただ、今回は学問分野自体の面白さを伝えるのではなく、一人の大学4年生がどのように学問をとらえているのかをお伝えすることが大きな目的でした。

勉強に対する思いは人それぞれです。

これを読んだ皆さんの、勉強に対する姿勢が少しでも前向きになったら幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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